アフガン大使館 見たまま聞いたまま

駐日アフガニスタン大使館のインターンが、日々見たもの・感じたことをルポ形式で紹介します!

外交の「いろは」は「名前」と「役職」?

 3月のある朝、学生たちが続々とアフガニスタン大使館(東京都港区)の一室にやってくる。アフガン大使館でインターンをする学生ら。6畳ほどの部屋にはパソコンが5台あるが、5人も入ると、少し手狭だ。

 

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(駐日アフガニスタン大使館の正面玄関)

 

 仕事が始まるまで、私たちは緑茶(カルダモンを入れるのがアフガニスタン流)を飲みながら世間話をして過ごす。同じインターン仲間でアフガン出身のA君が、お手製のチャイを持ってきてくれることも。この日は、大使館職員のBさんがすぐ部屋にきて、とある政府系組織の館長について調べるよう言った。大使館から手紙を書くので、名前や役職が知りたいという。

 

 各界の要人と交流を深めるのは大使館の重要な役割の一つだ。手紙の詳細はわからないが、これもその一環なのだろう。比較的簡単そうな仕事だ。ネットで名前や役職を調べれば済む。インターンを始めて数日の私にもできそうで、「やります」と手を挙げた。

 

 しかし、外交の世界ではこの「名前」と「役職」が重要な意味を持つことを、すぐ知ることになった。

 

 その政府系組織の英語版ホームページでは、「館長」が「president」と表記されていた。しかし、Bさんの手紙には「director」とある。presidentもdirectorも、一般的に組織のトップを指す。当初、私はたいした違いと思わなかった。どちらの言葉も「組織のトップ」という意味は同じだ。どっちを使ってもいいように見える。

 

 ところが、そういうと、Bさんは「あー」と考え込んでしまった。どちらの言葉も組織のトップを指すが、directorは場合によっては「取締役」「理事」などの意味もある。なにを意味するかは組織によって違う。

 「president」の部下に「director」がいる時、presidentは「社長」directorは「役員」などの意味になるという。「director-general」と表記すると「局長」や「課長」の意味にもなる。組織のトップである「president」に「director」と呼びかけたら、失礼にあたるのだ。企業でいえば、取締役社長に「課長!」と呼びかけるようなものかもしれない。

 

 私はスマホでその政府系組織の組織図を見せながら、Bさんに説明していた。すこし悩んだBさんは、私のスマホをつかむと、足早に別の部屋へ。そこでは数人の外交官が、手紙の文面を検討していた。Bさんと外交官達が早口の外国語で議論する。詳細は分からなかったが、手紙はpresidentと表記することでまとまった。

 

 一件落着と思ったが、すぐに次の問題が発生した。「His Excellencyか?Honorableか?」

 

 国際儀礼では、政府の高官や皇族などに敬称をつける。大使や首相、閣僚は「閣下」に相当するHis Excellency。官僚のトップや経済界の要人などはHonorableらしい。しかし、件の館長はどちらなのだろう?

 

 マニュアルがありそうなものだが、実は敬称には、一定の規則性はあるが、明確なルールはない。これはどこの国でも同じだ。例えば日本の外務省は、国際儀礼を説明するメールマガジンで「敬称は国によって使用の範囲が異なるため、正確を期すには、一人一人についてその都度確認するほかありません」としている。新しい役職が現れるたびに、今回のように議論しなければならないのだ。

 

 スマホを返してもらい、私はインターン部屋に戻ったが、外交官らの議論は尽きずに続く。外交は人と人との付き合いだ。単語1つ表現1つが、相手との関係を壊してしまうかもしれない。「president」と「director」の違いは大きい。