アフガン大使館 見たまま聞いたまま

駐日アフガニスタン大使館のインターンが、日々見たもの・感じたことをルポ形式で紹介します!

ラマダンを身近に感じた瞬間

 先月16日、大使館に着くと、いつもと雰囲気が違った。人の姿がいつもより少ない。働いている職員も、どことなくそわそわしている。

 

 実は5月16日は今年の「ラマダン」開始日。アフガニスタン出身の職員らは、今日から始まるラマダンに備えて、牛肉や羊肉の買出しに出かけていた。

f:id:afghanembassyJP:20180612161621j:plain

(職員は日没後に備え、牛肉や羊肉、カルダモンなどを買い揃えていた)

 

 ラマダンは、イスラム教の暦で、最も聖なる月とされる。期間は地域によるが、今年のラマダンは5月16日から6月14日まで。この間、日の出から日没まで、イスラム教徒は一切の飲食を絶つ。日没後は、用意した食材を使って一日分の食事を取る。

 

「祈り、ゆるしに集中する月」

 30代の大使館職員ザザイさん(仮名)は、ラマダンをそう説明する。断食には、貧しい人の苦しみを理解することや、胃や腸を休ませるという意味もあるという。

 

 ラマダンはイスラム教徒の行事だ。非イスラム教徒のインターン生には関係がない…というわけにはいかない。

 

 暑い日が続く中、水すら飲まずに働くのはイスラム教徒にとっても大変なストレスだ。毎年の事とはいえ、「辛い」(職員の1人)。いくら非イスラム教徒とはいえ、断食する職員の目の前で、弁当を食べたり、水を飲んだりするのはためらわれる。インターン生はこの時期になると、大使館の外やインターン部屋で、職員の目に触れないように、こっそりと昼食をとる。

 

 イスラム教徒にとっても過酷な「ラマダン」。しかし、辛い事ばかりでもない、とザザイさんはいう。

 

「子供の頃は、はやくラマダンに参加したかった」

 ザザイさんはそう話す。アフガンでは、未成年者(12歳程度まで)のラマダンは免除される。ザザイさんも小さい頃は、参加させてもらえなかったという。

 

ラマダンに参加し、大人だと認めて欲しかった」

 周りの大人が辛い思いをして断食をする中、自分だけご飯を食べるのは悔しかったとザザイさんは言う。

 

 ラマダンは断食だけの行事ではない。アフガンでは、ラマダンが終わり夕方になると、地域の人がモスクに集まってくる。各々の家庭料理を持ち寄って、お祝いをするという。

「近所の友達と遊びながら、色々な料理を食べるのが楽しみだった」(ザザイさん)

 

 ラマダンの夜だけは「門限」が遅くなる。若きザザイさんにとって、ラマダンは年に一度の特別なイベントだったようだ。

 

 ラマダンと聞くと、イスラム教徒の厳格な戒律をイメージする。もちろんその認識も正しい。イスラム教徒は真剣にラマダンに取り組んでいる。その一方で、若きザザイさんが感じていたわくわく感もラマダンの側面だろう。そう考えると、話を聞く前に感じていた「近寄りがたい宗教行事」のイメージが、少し薄れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーモンド香るアフガンのお花見

 「お花見をやるよ!」
 

 3月末のある日、携帯を見ると、インターン生の1人からメッセージが。大使館近くの公園で、お花見をするという。この公園は、100本以上の桜が見られる花見の名所だ。

 

 誘ってくれたのは、アフガン生まれのインターン生、マーク(仮名)。料理が得意で、よくお手製の「チャイ」を大使館へ持ってきてくれる。今回も、アフガン風のレモネード(サフラン入り)や、「ダル」(スパイシーなレンズ豆の煮物)を作るという。ダルには欠かせない「ナン」は近所のインド料理屋で買う予定だ。
 

 お花見の準備に手慣れている様子のマーク。ふと、アフガンのお花見文化が気になった。マークによると、アフガンにも「お花見」はある。楽しみ方も日本とほとんど変わらない。満開の花の下で、大人数が敷物に座り、楽しく飲み食いする。

 

 しかし、1つ大きな違いがある。日本の花見の主役は「桜」だが、アフガンでは「アーモンド」だ。

 

 大使館職員の1人に聞くと、アーモンドの花は、白とピンクが混ざったような色。桜との雰囲気の違いを聞くと、「似てるなあ」。
 

 似た花で花見をする2国だが、似ている点は花見以外にもある。アフガンには「こたつ」があり、葬式やお盆の習慣もあるという。また、アフガンのお正月「ナウローズ」は、「春の到来を告げる日」である3月21日。日本の「春分の日」と同じ時期だ(大使館HP)。
 

 なぜ、6000キロメートル離れた国の文化が似るのか。前回の記事でも述べたが、アフガンにはシルクロードが通っていた。アフガンの文化が、中国を通って日本に広まっても不思議ではない。遠く見えるが、繋がっているのかもしれない。
 

 ちなみに、「アーモンドの花」と言えば、有名な絵がある。ゴッホの「花咲くアーモンドの木の枝」だ。

 

f:id:afghanembassyJP:20180430202700j:plain (ゴッホの「花咲くアーモンドの木の枝」)

 

 この絵は、フランス南部の町サン=レミ=ド=プロヴァンスで描かれたとされる(オランダのゴッホ美術館)。ゴッホも、アーモンドの花を見て春の訪れを感じたのだろう。

 

 桜に似た花を見て、春を感じるフランス人やアフガン人を想像してみた。世界は結構、狭いのかもしれない。

アフガニスタンは「ゆるキャラ」の国?

 「アフガニスタン・イスラム共和国」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。正直言って、明るい印象はあまりないと思う。私もそうだった。


 だから、インターンを始めた直後に、大使館の「ゆるキャラ」企画を知って驚いた。インターン生と大使館職員が、大使館の公式マスコットキャラクターを1から作ろうとしていた。キャラクター案は4つ作り、ツイッターで投票してもらい決めるという。「ゆるキャラ総選挙」だ。


 総選挙の「候補者」は、アフガン大使館のツイッターで確認することができる(https://twitter.com/AfghanistanInJP/status/985760224236650496)。ユキヒョウの「アザールくん」、羊の「バハールちゃん」、足の生えたターバン「パシュ」そして、アフガンの少年の「チャイくん」。「ゆるキャラ」とは、雰囲気が緩いご当地キャラクターのこととされる。手作り感溢れるデザインは、まさに「ゆるキャラ」だ。

f:id:afghanembassyJP:20180426104801j:plain
ユキヒョウの「アザールくん」)

 

 実は、アフガン大使館がマスコットキャラクターを作るのは初めてでない。「羊のバハールちゃん」は、数年前にも企画されたキャラクターだ。主導したのは、当時の大使館職員やインターンたち。キャラクターの名前をツイッターで募集し、ぬいぐるみや、ラインスタンプも作った。ところが、担当者が変わるなどトラブルが続き、企画は立ち消えになってしまったという。今回は2度目の挑戦なのだ。


 しかし、なぜ「ゆるキャラ」にこだわるのか。大使館の職員やインターン生に聞くと、伝わってきたのは「アフガンの良いイメージを広めたい」との想いだ。


 アフガニスタンは、多様な文化の国だ。古くはシルクロードの交易で栄え、各地の文化が交じり合った。象徴的なのが、世界遺産バーミヤン仏教遺跡だ。ユネスコによれば、インドやギリシャ、ローマ、ササン朝などの文化の影響が見られるという。また、自然豊かな国でもある。山がちの地形のために、開発が届かない地域が多い。アフガン東部の険しい山々には、絶滅危惧種ユキヒョウが生息する。


 ところが、一般的にアフガンと言えば、2001年から続いた戦争や、難民のイメージが強い。復興が進む一方で、「アフガンへのイメージは2001年から止まったまま」(大使館職員)だ。


 もちろん、ゆるキャラでアフガンのイメージが一変するわけではないと思う。しかし、明るいアフガンの姿を発信する機会にはなるはずだ。「アフガニスタン」という名前を聞いた時、「ああ。『アザールくん』の国ね」と思って貰うことが、第一歩だ。

外交の「いろは」は「名前」と「役職」?

 3月のある朝、学生たちが続々とアフガニスタン大使館(東京都港区)の一室にやってくる。アフガン大使館でインターンをする学生ら。6畳ほどの部屋にはパソコンが5台あるが、5人も入ると、少し手狭だ。

 

f:id:afghanembassyJP:20180416190408j:plain

(駐日アフガニスタン大使館の正面玄関)

 

 仕事が始まるまで、私たちは緑茶(カルダモンを入れるのがアフガニスタン流)を飲みながら世間話をして過ごす。同じインターン仲間でアフガン出身のA君が、お手製のチャイを持ってきてくれることも。この日は、大使館職員のBさんがすぐ部屋にきて、とある政府系組織の館長について調べるよう言った。大使館から手紙を書くので、名前や役職が知りたいという。

 

 各界の要人と交流を深めるのは大使館の重要な役割の一つだ。手紙の詳細はわからないが、これもその一環なのだろう。比較的簡単そうな仕事だ。ネットで名前や役職を調べれば済む。インターンを始めて数日の私にもできそうで、「やります」と手を挙げた。

 

 しかし、外交の世界ではこの「名前」と「役職」が重要な意味を持つことを、すぐ知ることになった。

 

 その政府系組織の英語版ホームページでは、「館長」が「president」と表記されていた。しかし、Bさんの手紙には「director」とある。presidentもdirectorも、一般的に組織のトップを指す。当初、私はたいした違いと思わなかった。どちらの言葉も「組織のトップ」という意味は同じだ。どっちを使ってもいいように見える。

 

 ところが、そういうと、Bさんは「あー」と考え込んでしまった。どちらの言葉も組織のトップを指すが、directorは場合によっては「取締役」「理事」などの意味もある。なにを意味するかは組織によって違う。

 「president」の部下に「director」がいる時、presidentは「社長」directorは「役員」などの意味になるという。「director-general」と表記すると「局長」や「課長」の意味にもなる。組織のトップである「president」に「director」と呼びかけたら、失礼にあたるのだ。企業でいえば、取締役社長に「課長!」と呼びかけるようなものかもしれない。

 

 私はスマホでその政府系組織の組織図を見せながら、Bさんに説明していた。すこし悩んだBさんは、私のスマホをつかむと、足早に別の部屋へ。そこでは数人の外交官が、手紙の文面を検討していた。Bさんと外交官達が早口の外国語で議論する。詳細は分からなかったが、手紙はpresidentと表記することでまとまった。

 

 一件落着と思ったが、すぐに次の問題が発生した。「His Excellencyか?Honorableか?」

 

 国際儀礼では、政府の高官や皇族などに敬称をつける。大使や首相、閣僚は「閣下」に相当するHis Excellency。官僚のトップや経済界の要人などはHonorableらしい。しかし、件の館長はどちらなのだろう?

 

 マニュアルがありそうなものだが、実は敬称には、一定の規則性はあるが、明確なルールはない。これはどこの国でも同じだ。例えば日本の外務省は、国際儀礼を説明するメールマガジンで「敬称は国によって使用の範囲が異なるため、正確を期すには、一人一人についてその都度確認するほかありません」としている。新しい役職が現れるたびに、今回のように議論しなければならないのだ。

 

 スマホを返してもらい、私はインターン部屋に戻ったが、外交官らの議論は尽きずに続く。外交は人と人との付き合いだ。単語1つ表現1つが、相手との関係を壊してしまうかもしれない。「president」と「director」の違いは大きい。